インタビュー:「キルギスのビジネス環境の今と今後の可能性」熊切一郎氏

2017年12月にキルギスでの2年間のJICA専門家・投資アドバイザーとしての任務を終了された、熊切一郎氏に、投資アドバイザー業務でのご経験について、キルギスへの日本企業進出について等、お話を伺いました。

 

―熊切様のバックグランド、投資促進庁投資アドバイザーの業務内容について教えて下さい。

 民間銀行に34年間勤務、主にプロジェクトファイナンスや投資業務を担当、ロンドン、香港、シンガポールでの海外駐在では日系企業の海外進出に対するコンサルティング業務も担当しました。2010年から2年間、JICAシニアボランティアとして、キルギス共和国大統領府の設立したキルギスインベストセンター (現PPP/IPセン ター)の投資振興アドバイザーとして2年間勤務しました。帰国後は、中小企業基盤機構の国際化支援アドバイザーとして民間企業の海外進出について助言業務を行いました。そして、2015年からキルギス経済省下投資促進庁(IPA)(※2)の投資アドバイザーとして2年間勤務しました。

 投資促進庁での業務内容は、以下の5つの課題を達成することです。

  • 外国投資に関する政策、傾向、主要な投資等に関する情報が取りまとめられ、投資家に提供される
  • 投資促進庁投資促進窓口(One Stop Service)の機能が強化される
  • 投資促進セミナーや会議が開催される
  • その他の投資改善に関する必要な助言が行われる
  • 民間セクター振興分野で、キルギスで実施中・実施予定のJICA案件とIPAの協働の仕組みが整備される。

これら課題達成のために日々活動しました。

  

2017年3月キルギス日本センタービジネスコース修了生企業組織G Club 年次会合で講演する熊切氏(写真左)

 

2010年から2年間のキルギスでのお仕事の内容、またそのお仕事と投資アドバイザー業務の関連など教えて下さい。

 2010年から2012年の2年間は、キルギスインベストセンター(現PPP/IPセンター)で投資振興アドバイザーとして、主に投資誘致促進事業とPPP導入事業についての支援を行いました。投資誘致促進事業においては、政府に対して積極的に投資政策改善の提案を実施する一方、日本・キルギス間の投資環境ネットワークの整備・活用を推進、日本企業やキルギス企業に対するコンサルティングを実施しました。また、PPP(※1)導入事業では関係団体や国際機関と連携して、PPP法案作成についての提言や助言を実施、またキルギスにおける潜在的PPPプロジェクト案件を発掘するための調査とセミナーを企画・実施しました。

 2015年からの投資促進庁での投資アドバイザー業務は、まさに前回の業務の延長線上にあり、これを更に発展させ実行していく業務でした。

 

キルギスに長年に渡って関わってこられた中で、ご自身が感じるキルギスの変化は何ですか。

 私が初めてキルギスで投資アドバイザーの仕事を始めたのは2010年ですのでそれから7年間が経過していることになります。この7年間でのキルギスの変化ということですと、経済省職員(特に幹部)に若手が多くなった、民間企業経営者や社員に海外経験者(海外留学や研修、海外での仕事経験)が多くなった、首都ビシュケクの発展と地方との格差が拡大した、ということが挙げられます。

 

―任期中に日本でのキルギス投資セミナーも何度か開催されたとお聞きしていますが、日本側の変化として何か感じられたことはありますか。

 先ず2015年安倍首相のキルギス訪問以降とそれ以前では日本企業、特に中堅・中小企業の態度に大きな変化がありました。昨年12月、今年6月と日本商工会議所主催で開催したキルギス貿易投資セミナーには延べ約140名の参加者がありました。それ以前は、キルギスのセミナーで20~30名程度の参加者を集めるのも簡単ではありませんでした。

 日本企業は、2つのグループに分けることができます。大手・中堅企業を中心に冷静に収益機会の獲得を狙っているグループと、中堅・中小企業、零細企業では、将来の海外展開を含めて長期的経営戦略でビジネス機会を模索しているグループです。前者は、政府事業、ODA事業など、主として道路・橋梁工事などのインフラ事業、道路防災事業などへの参画を狙う企業です。後者は、民間ベースのビジネスに関心を持つ企業で、キルギスのオーガニック食材、蜂蜜、ハーブなどの貿易ビジネス及び日本の技術や資本を使って農業・食品加工事業への進出を検討している企業です。

 

―キルギス政府もビジネス・投資環境整備のため、行政手続きの改善等を行っているとのことですが、実際にビジネス分野での行政手続きに関して、何か大きな変化はありましたか。

私の勤務した投資促進庁や経済省についていえば、キルギス経済省が、投資環境改善のベンチマークに使っている世界銀行の「doing business」調査で、昨年、キルギスは世界77位でした。米ヘリテージ財団の「経済自由度指数」では、世界89位でした。キルギスで会社設立する場合、外国人に対する規制もほとんどなく手続きも簡単であることから高い評価をもらっている一方、税金手続きの煩雑性や契約執行の問題などが課題としてあります。更に、内陸国としての輸送コストや電力供給などインフラ問題などすぐには解決できない課題もあります。経済省は、これらの課題に対して毎年見直しと改善策を実施していますし、投資促進庁でも昨年投資関連の規制案、法案、国家プログラムなどを作成しています。全体として、ビジネス・投資環境の整備や改善には継続的な努力が必要であると感じています。

 

―キルギスのビジネス環境の問題点・改善点についてどのようにお考えですか。

 キルギスでは2003年に投資法が制定されてから海外からの直接投資額が増え、2015年までの累積直接投資額(ネット)は34億ドルとなっています。これは中央アジア諸国の中では多くありませんが、エネルギー地下資源の少ないキルギスとしては仕方のない数字だと思います。むしろ、経済規模が小さいキルギスにとり積極的に自由市場経済化を推進したことの成果であると思います。

 しかし、以下に挙げるようないくつかの事例にあるように性急な自由化からの弱点や改善すべき点などまだ多くの課題が残っていると思います。

  • キルギスは中央アジア諸国のなかで最も積極的に自由化を進めてきました。しかし、一方で必要な規制の欠如という問題や国が定める規格が優先されていないため後発メーカーが参入しやすいという状況が生まれています。どちらも消費者や社会の安全・環境を犠牲にするという問題につながります。
  • 農産物・食品の検査システム不備・不足(動植物検疫検査や証明書発行など)による輸出ビジネスの障害が起こっています。
  • キルギスのビジネスマンの国際ビジネスに対する知識や経験不足という問題があります(国際取引ルールについての知識や理解不足、契約書、インコタームズ、資金決済方法など)。このために海外企業が取引を断念することが多くあります。
  • 海外投資家を誘致するために不動産関連の法律を見直す必要があります。キルギスの不動産関連法規は、厳しく外国人の不動産所有を制限しています。
  • 投資家からキルギスではソブリンリスクが高いと言われています。これは革命や政変ということではなく法規制の変更リスクです。最近でも右ハンドル中古車輸入禁止(2015年)など、当初予想してなかった規制変更リスクが顕在化した例があります。

 

―キルギスに興味のある日本企業からの問い合わせの多くが熊切様に寄せられていたことと思いますが、任期中、何件くらい、どのような内容の問い合わせがありましたか。

 この2年間で日本企業からの問い合わせ件数は約70社です。これらの企業が関心を持つ商品や事業を参考に、次のように事業タイプ別に分類できます。

 

 【輸出振興型】

キルギスのオーガニック食品に関心を持っている企業が中心で、このタイプの問合せは多いです。これらの企業の中には、①価格面でのメリットを追求する企業、②調達先の多様化(リスク分散)を考えている企業、③オーガニック材料にこだわる(商品の差別化、健康志向など)企業などいろいろなタイプがあります。

 【生産委託型】

この労働集約型ビジネスモデルでは、食品や繊維製品を日本市場で販売する企業が中心で、日本での出来上がりコストベースで競争力がないと難しいため、それほど多くありません。今後、近隣の中国、ロシア、カザフなどをメインの販売市場にする日本企業が来れば有望なビジネスモデルになると思います。

 【製品販売型】

  キルギスでは、自動車以外の日本製品はあまり販売されていません。価格競争力があれば、 日本製品に対するニーズは高いと思いますが、輸出型と同様に輸送コストが大きな課題となります。このタイプでは、各種機械・部品、家庭雑貨、化粧品、医薬品販売会社などからの問い合わせが多くあります。

 【IT/BPO型】

日本企業は、キルギスにIT企業やITエンジニア人材がいること、ハイテクパーク法(※3)など法整備がされているということを知りません。すでに日本からの事業受託実績もあることから、この分野は将来有望だと考えられます。また、ロシア語を公用語としているキルギス人を活用したコールセンターやBPO(※4)に注目する企業もあります。

 【観光型】

日本からの観光客数は、直行便などがまだないため、目立って増えていません。しかし、山岳愛好家向け商品など、ニッチな商品企画をする会社も増えています。また、ホテル事業(投資)に関心を持つ企業もあります。

 【人事戦略型】

日本の中堅・中小企業では、現地パートナーや現地に信頼できる幹部職員を置きたいと考えている企業が多くあります。外国人技能実習生制度(※5)活用して、キルギスの子会社の現地スタッフを育成していこうという人事戦略をとる会社が現れてきました。

 【直接投資型】

直接投資を検討する企業も多くありますが、この場合業種も多種多様です。しかし、日本企業がキルギスに進出する際にいくつかの障害があり簡単ではありません。

 

それらの日本企業に共通するキルギスへのビジネス進出での課題のようなものがあれば教えて下さい。

 キルギスへのビジネス進出を検討している日本企業には、海外展開の経験豊富な企業もあれば、まだ経験の浅い企業も多くいます。特に、最近では中堅・中小企業を始め零細企業もキルギスでのビジネスに関心を寄せています。これらの企業では、資本や人的資源の制約等から事前の調査や準備不足が見られます。キルギスではビジネス関連のデータ収集が簡単ではありません。情報ソースが偏っていないか、市場調査が十分か、事業採算性について調査分析が十分にできているかなどに留意して事前調査を十分に実施することが重要です。

 

投資促進庁というキルギス政府機関でのご勤務の中、最も印象に残っているご苦労は何でしょうか。また、キルギスならではというエピソードなどがありましたら教えて下さい。

 キルギスの政府機関ではまだ旧ソ連時代の官僚制度が強く残っているようで横のコミュニケーションが難しいことを感じました。普段、同じ執務室で働いている投資促進庁職員との会話や意見交換がうまく長官や幹部に伝わっていないとうことがあります。逆もあって、長官との定例会議で要請したことが担当職員に伝わっていないということも頻繁に起こりました。半年前から相談していた日本PFI/PPP協会とのMOUのドラフト作成が直前になっても完成していないという事態になったときは非常に困惑しました。

 キルギスの人は、よく直前にならないと動かないということがあります。セミナー準備や書類提出など、直前の「一夜漬け」が得意です。また、これが不思議と何とか済ませてしまうのです。私もこのような経験は過去に何度もしてきましたが、さすがにMOUドラフトがサイニング数日前までできていなかったのには焦りました。

 

―投資促進庁が日本企業を誘致したいと考えるのはどのような分野でしょうか。その可能性についてはどのようにお考えでしょうか。

 投資促進庁の2017年度計画では、日本を投資誘致先の優先国と位置付けています(その他、ロシア、カタール、インド、イラン、韓国)。そして、優先産業分野には、エネルギー、縫製、農業、情報技術、観光をあげています。

 この2年間で日本企業からの相談をいただいた分野では、農業関連が一番多かったと思います。既に蜂蜜輸出では件数、金額ベースでも増えています。更に農業機械、食品加工機械など発展していくことが期待されます。縫製や情報技術分野も有望だと思います。

 先ずはたとえ少額の取引でも実績を積んでいくことが最終的な企業進出への道につながる近道だと思います。しかし、キルギスの人はすぐに直接投資の要請や期待をする傾向があります。日本企業との取引に長期的な視野と忍耐を期待したいと思います。

 

―その他に熊切様が考えられる「可能性の高い分野」はどのような分野でしょうか。

 食品加工業(食肉、乳製品、野菜、果物、魚)、農業機械事業、物流網などのインフラ整備(コールドチェーンを含む)、再生可能エネルギー(ソーラー、バイオマス、小型水力発電)開発事業、防災技術を使ったインフラ開発(自然災害への予防技術)、環境ビジネスやスマート・シティなど情報技術を使ったインフラ開発、耐震技術を使った建設開発、繊維産業、遠隔地医療技術を使った医療事業、IT関連ビジネス、コールセンターなどです。

 

―最後にキルギス進出を検討している日本企業に一言メッセージをお願いします。

 先ずは正確で客観的な情報収集を心がけてください。このためには、精度の高いデータを集めることが一番ですが、キルギスではこれも簡単ではありません。勢い人から聞いた話を信じて判断するということになりますが、この場合多くの関係者から情報を収集し、また中立的立場の人からの情報は必ず聴取して判断に役立ててください。

 キルギスには確かにたくさんのビジネスチャンスが眠っていますが、やはり異文化であり特にビジネスの商慣習などで違いはたくさんあります。事前調査は十分かつ慎重に行ってください。

 

 

キルギス日本センター(KRJC)では今後熊切氏の上記業務の中から特に、日本企業のキルギス進出のサポートについて引き継ぎます。熊切氏の活動成果が途切れてしまわないよう、KRJCの強みでもある、1,000名を超えるビジネスコース修了生とも連携を図りながら、様々な活動を積極的に推進して参ります。

 

※注釈

1)PPP: パブリック・プライベート・パートナーシップの略で、公民が連携して公共サービスの提供を行うスキーム、公民連携。(出典:日本 PFI・PPP協会 http://www.pfikyokai.or.jp/about/ )

2)投資促進庁:2014年10月の発足以降、下記のとおり組織体制の変遷がある。

   2014年10月 経済省傘下の投資促進庁として発足(IPA: The Investment Promotion Agency Under the Ministry of Economy of               the Kyrgyz Republic)

   2016年10月 経済省傘下の投資輸出促進庁(SAIEP: The State Agency for Investment and Export Promotion Under the                         Ministry of Economy of the Kyrgyz Republic)

        2017年11月 政府直轄の投資促進保護庁(the Agency for Investment Promotion and Protection of the Kyrgyz Republic)

  3)ハイテクパーク法:ITソフトウェア開発、コンテンツ開発、ゲームソフトBPO、コールセンター業務企業等のIT関連企業に対する税金等の                                            優遇措置を定める法律(出典:Kyrgyz IT Park  http://it-park.kg/

  4)BPO: ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略

  5)外国人技能実習生制度:外国人の技能実習生が、日本において企業や個人事業主等の実習実施者と雇用関係を結び、出身国において修得が                                                     困難な技能等の修得・習熟・熟達を図 るもので、期間は最長5年とされ、技能等の修得は、技能実習計画に基づい                                                   て行われる。2017年11月1日施行「外国人の技能実習 の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習                                                    法)」による。(以前は入管法の元で実施)                                                                                                                                                                   出典:JITCO 公益財団法人 国際研修協力機構https://www.jitco.or.jp/




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